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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9429号 判決

原告

密川花代こと全又南桂

被告

柳生陽久

ほか一名

主文

一、被告らは原告に対し各自金三二〇万三六〇二円およびこれに対する昭和四三年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを四分しその三を原告の負担としその余を被告らの負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、原告の申立

一、被告らは原告に対し各自金一一〇七万二一一二円およびこれに対する昭和四三年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

第二、当事者間に争いのない事実

一、(傷害事故の発生)

被告石坂は、昭和四一年五月二九日午後〇時五分頃、東京都台東区台東二丁目二七の三先の昭和通りを上野方面から秋葉原方面に向け自動車(足五な六〇〇七号、以下「加害車」という。)を運転中、右道路を横断歩行中の原告に加害車を接触させ、よつて、原告に左下腿骨々折等の傷害を蒙らせた。原告には右傷害の後遺症として左膝関節部の運動障害が現存する。

二、(被告柳生の地位)

同被告は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。

三、(損害の填補)

被告らは、本件事故により原告に生じた損害のうち、つぎの合計金一二九万六三九八円を支払つた。

1  治療費 金九四万二一〇六円

2  付添看護費 金八万〇二四二円

3  義肢装具・松葉杖代 金一万九五〇〇円

4  諸雑費 金一万四七三〇円

5  通院交通費 金四万二四六〇円

6  その他(一部交通費を含む) 金一九万七三六〇円

第三、争点

一、原告の主張

1  (責任原因)

本件事故は、被告石坂の前方注視義務違反の過失により惹起されたものである。よつて、同被告は民法七〇九条、被告柳生は自賠法三条により本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  (損害)

(一) 休業損害 金二二六万円

原告は、本件事故当時、ビルディング等の清掃請負業を営み月平均一一万三〇〇〇円の純利益を挙げていたのであるが、前記受傷により右事故当日から昭和四三年一月三一日までの二〇か月間休業を余儀なくされ、合計金二二六万円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 労働能力喪失による損害 金六九九万七五七八円

原告の前記後遺症は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第七級に該当し、そのため原告は労働能力の五六%を喪失した。

原告は、大正一一年六月六日生れの女性で本件事故に遭遇しなければ、昭和四三年二月一日から一二年間は稼働可能であり、その間引きつづき前記月平均金一一万三〇〇〇円の収入を挙げられたものである。右一二年間の右労働能力喪失による得べかりし利益の喪失額をホフマン法により中間利息(年五分)を控除して現価に換算すれば、つぎのとおり合計金六九九万七五七八円となる。一一万三〇〇〇円×〇・五六×九・二一五一一〇七=六九九万七五七八円

(三) 慰藉料 金二五〇万円

原告は、その夫が病気療養中であるため一家の支柱として働いていたものであり、その営業がようやく軌道に乗つた矢先本件事故に遭遇し、生涯を不具者として送らなければならないこととなつたのであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがある。これを金銭をもつて評価すれば金二五〇万円にあたるというべきである。

(四) 弁護士費用 金二〇万円

原告は、被告らが以上の損害賠償債務を任意に履行しないので、その取立を本訴原告訴訟代理人らに委任し、その費用として金二〇万円を支出することを余儀なくされた。

3  (本訴請求)

原告は被告らに対し、以上の合計金一一九五万七五七八円の支払を求める権利があるのであるが、本訴においてはその一部請求として金一一〇七万二一一二円およびこれに対する本訴状が被告らに送達された翌日以後の昭和四三年九月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  損害の填補

第二、三、6の金額は、いずれも原告の前記受傷の治療関係費に充当されたものである。

二、被告の主張(過失相殺)

本件事故現場は、極めて交通量の多い幹線道路であり、したがつて適宜の場所に横断歩道も設置されている。被告石坂は、本件事故当時、連続併進する車両群の最後部右側を進行していたところ、同被告の左側を追い抜いた自動車の蔭から突如原告が駈け出したため急制動措置もおよばず、本件事故にいたつたものである。

右のとおりであつて、本件事故の発生については、横断歩道外において、しかも自動車群の間隙をぬつて道路横断を試みた原告の過失も寄与しているのであるから、右過失は損害賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

第四、証拠関係〔略〕

第五、争点に対する判断

一、(責任原因)

〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場の道路には、そのほぼ中央部に都電軌道が敷設され、かつ、その外側にグリーンベルトが設けられ、右グリーンベルト外側端から歩道縁石線にいたる固有の車道部分の幅員が、おおよそ一〇・五メートルであつて、その附近の状況の概略は別紙図面のとおりであり、本件事故発生地点は、右グリーンベルトの外側線からほぼ一・五メートル離れた同図面上の×点(以下単に同図面上の符号のみで表示する)であること、被告石坂は本件事故発生直前、自車に先行する三列ないし四列の併進車両に追従し、右道路左側歩道縁石線から八・五メートル離れた部分を時速約四五キロメートルの速度をもつて進行したのであるが、右事故発生地点の約四〇メートル手前にいたつたとき、その左側において自車を追い抜き進行する自動車(赤色ブルー・バード)があり、同被告が右自動車に気をとられていたところ、同自動車と加害車の車間距離がおおむね一六メートルひらいたとき(そのときの加害車の位置は〈1〉)、右自動車の直後でしかも前記車道のほぼ中央部(〈ア〉)附近を左から右にかけ小走りで横断中の原告を発見、急拠自車に制動をほどこしたがおよばず、加害車はスリツプしながら進行して原告に接触するにいたつたこと、他方原告は加害車進路左側の歩道から前記のとおり横断したのであるが、その横断開始前において、すでにその右方約五〇メートルの地点を前記のとおりの速度で進行する加害車を認めていたこと、以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中この認定に反する部分は措信しない。なお、被告らは、本件事故現場附近に横断歩道が設けられていたかのごとき主張をするけれども、本件全証拠によつても、通常の歩行者に対しその横断歩道によるべきことを期待し得るほどの至近距離内に横断歩道があつたと認めることができない。右のとおりであつて、本件事故は被告石坂が加害車を追い抜いた自動車のみに気をとられて進路左方並びに前方に対する注意を怠つた同人の過失によつて発生せしめたものであることは明らかである。同時に、本件道路が都内の幹線道路のひとつであることは当裁判所に職務上顕著な事実であり、前記のとおり歩車道の区別もあり、また原告はその横断開始前において加害車の進行を認めているのであるから、横断歩道が近くになかつたとしても加害車の進行後横断すべきであり、原告にも本件事故の発生については道交法一三条一項違反並びに横断歩行者として安全確認義務違反の過失があつたものとするほかない。

以上のとおりであるから、被告石坂は民法七〇九条、被告柳生は自賠法三条の各規定により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

二、(損害)

1  休業損害 金二二六万円

〔証拠略〕を総合すれば、第三、一、2、(一)の事実は、そのとおり認められる。

2  労働能力喪失による損害 金六四九万一〇〇九円

〔証拠略〕を総合し、かつ、これに労働省労働基準局長通達(昭和三二年七月二日労基発第五五一号)参酌して考えると、第三、一、2、(二)の事実はそのとおりと認められ、右事実に基づき、原告の前記受傷による労働能力の一部喪失による逸失利益の現価をホフマン法年別複式計算によつて算定すれば、つぎのとおり合計金六四九万一〇〇九円となる。

一一万三〇〇〇円×〇・五六×一二×(一〇・四〇九四-一・八六一四)=六四九万一〇〇九円

(ただし、( )内の数字は、法定利率年五分による単利年金現価指数である。)

3  過失相殺

本件事故による原告の財産的損害の総額は、以上の合計金八七五万一〇〇九円と前記第二、三の1ないし5の計金一〇九万九〇三八円、および同6のうちの金六九四〇円(〔証拠略〕によれば右第二、三、6の金一九万七三六〇円の領収証は、前記乙第六三号証をのぞき、いずれも「損害賠償内金および交通費」「示談金内金」「示談金の一部」等表示されているが、証人朴栄助の証言によれば、右のうち金六九四〇円のみが治療関係費用として明認でき、その他については治療関係費として支払われたものがあるとして、その数額が慰籍料として支払われたもののほかのいくばくであるかを確認できないから、右金六九四〇円のみを前記第二、三、1ないし5以外の治療関係費用の既弁済額として考慮するにとどめる。)の合計金九八五万六九八七円となる。そして、本件事故の発生につき原告にも過失のあつたことは前記認定のとおりであるから、これを斟酌すれば被告らにおいて賠償すべき損害額は、右金額のうち金三五〇万円と認めるのが相当である。

4  慰藉料 金八〇万円

以上認定の諸事実並びに〔証拠略〕によつて認められる原告の前記受傷の治療に要した入院および通院期間、その治療の種類程度、および本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告の本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金八〇万円と認めるのが相当である。

5  損害の填補

以上のとおりであつて、原告の本件受傷による損害額は合計金四三〇万円となるところ、これから前記第二、三の金一二九万六三九八円を控除すれば、その残額は金三〇〇万三六〇二円となる。

6  弁護士費用 金二〇万円

〔証拠略〕によれば、第三、一、2、(四)の事実はそのとおりと認められ、本訴における認容損害額、訴訟の推移その他諸般の事情を考えれば、右金額は本件事故による相当の損害と認められる。

三、(結論)

よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し以上の合計金三二〇万三六〇二円およびこれに対する本訴状が被告らに送達された翌日以後の昭和四三年九月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、民訴法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己)

別紙 〈省略〉

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